ビジネスモデル特許その1では、「ビジネスモデル特許」とは、ざっくりと、通信に関連するソフトウエアによって実現できるビジネス関連の発明であると説明いたしました。最低限、これを満たさないと、特許になりません。
ここでは、特許できなかった例を紹介しましょう。すこし長くなってしまいますが、よろしくお願いいたします。
特開2012-003412(梱包箱使用による農産物の市場変動価格保証システム)という特許出願を例に挙げてみます。この特許出願の請求項1は、長いですが、全文を載せます。出願時点の請求項1の内容は、以下のようなものでした。
【請求項1】
梱包箱製造・販売業者と、損害保険会社と、農産物出荷業者と、農産物生産者と、運送業者と、農産物販売業者と、が参画して構成される梱包箱使用による農産物の市場変動価格保証システムであって、
前記梱包箱製造・販売業者と前記損害保険会社との間で交わされる保険契約ステップS1と、
前記梱包箱製造・販売業者と前記農産物出荷業者あるいは農産物生産者との間で交わされる保証契約ステップS2と、
前記梱包箱製造・販売業者が製造認識番号ラベルを貼付する製造認識番号ラベル貼付ステップS3と、
前記梱包箱製造・販売業者が前記農産物出荷業者あるいは農産物生産者に梱包箱を納品する梱包箱納品ステップS4と、
前記農産物出荷業者が前記農産物生産者に梱包箱を販売する梱包箱販売ステップS5と、
前記農産物生産者が前記農産物出荷業者に農産物を納品する農産物納品ステップS6と、
前記農産物出荷業者が出荷伝票ならびに梱包箱納品伝票ならびに請求書伝票を発行する伝票発行ステップS7と、
前記農産物出荷業者が前期運送業者に農産物を出荷する農産物出荷ステップS8と、
前記運送業者が前記農産物販売業者に農産物を納品する農産物納品ステップS9と、
各業者が代金請求と代金支払い行なう代金請求/代金支払いステップS10と、
前記運送業者が前記農産物出荷業者に事故報告する事故報告ステップS11と、
前記農産物出荷業者あるいは農産物生産者が前記損害保険会社に保証金を請求する保証金請求ステップS12と、
前記損害保険会社が事故報告による事故調査・査定を行う事故調査・査定ステップS13と、
前記損害保険会社が前記農産物出荷業者あるいは農産物生産者に保証金を支払う保証金支払いステップS14と、
で構成されることを特徴とする梱包箱使用による農産物の市場変動価格保証システム。
(下線は筆者)
上記の請求項1を読むと、一般的な表現で記載されていますので、ビジネスの詳細は、その業界の方なら理解しやすいのかなと思います。例えば、「販売する」とか、「納品する」とか、「発行する」など、通常の業務の内容を示す動詞が記載されています。さらに、動詞に対応する主語を見ると、「農産物出荷業者」や「損害保険会社」などです。ビジネスの内容は、現実に即しており、判りやすいといえると思います。
しかし、これらの表現は、「通信に関連するソフトウエアによって実現できるビジネス関連の発明」に該当するでしょうか? ソフトウエアは、人によって実行されるものでしょうか?
確かに最初にキーボードやマウスを人が操作してソフトウエアを起動させるかもしれませんが、具体的な演算処理などは、人が実行するものではありませんね。コンピュータのCPUなどの処理装置によって、ソフトウエアが実行されています。
特許庁から出されている「特許・実用新案審査基準」によれば、用語の説明として、
「(iii) コンピュータソフトウエア
コンピュータの動作に関するプログラム、その他コンピュータによる処理の用に供する情報であってプログラムに準ずるものをいう(第2条第4項の「プログラム等」に同じ。」
とあります。
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/document/index/app_b1.pdf
これによれば、「コンピュータの動作」や「コンピュータによる処理」とあるように、「コンピュータ」がソフトウエアの実行主体であることがわかります。
上記の請求項1では、使われている主語や動詞から、「コンピュータ」が実行主体となった処理にはなっていないことが判るかと思います。したがって、この出願は、「ソフトウエアによって実現できる」ものではないと判断されてしまいます。
実際、この出願は、特許庁の審査官から拒絶理由通知が発せられてしまい、出願人は、請求項1を補正しています。補正の内容は、以下の通りです。これも長いですが、全文を載せます。
【請求項1】
梱包箱製造・販売業者と、損害保険会社と、農産物出荷業者と、農産物生産者と、運送業者と、農産物販売業者と、が参画して構成される梱包箱使用による農産物の市場変動価格保証システムであって、
前記梱包箱製造・販売業者と前記損害保険会社との間で交わされる保険契約ステップS1と、
前記梱包箱製造・販売業者と前記農産物出荷業者あるいは農産物生産者との間で交わされる保証契約ステップS2と、
前記梱包箱製造・販売業者が製造認識番号ラベルを貼付する製造認識番号ラベル貼付ステップS3と、
前記梱包箱製造・販売業者が前記農産物出荷業者あるいは農産物生産者に梱包箱を納品する梱包箱納品ステップS4と、
前記農産物出荷業者が前記農産物生産者に梱包箱を販売する梱包箱販売ステップS5と、
前記農産物生産者が前記農産物出荷業者に農産物を納品する農産物納品ステップS6と、
前記農産物出荷業者が出荷伝票ならびに梱包箱納品伝票ならびに請求書伝票を発行する伝票発行ステップS7と、
前記農産物出荷業者が前記運送業者に農産物を出荷する農産物出荷ステップS8と、
前記運送業者が前記農産物販売業者に農産物を納品する農産物納品ステップS9と、
各業者が代金請求と代金支払い行なう代金請求/代金支払いステップS10と、
前記運送業者が前記農産物出荷業者に事故報告する事故報告ステップS11と、
前記農産物出荷業者あるいは農産物生産者が前記損害保険会社に保証金を請求する保証金請求ステップS12と、
前記損害保険会社が事故報告による事故調査・査定を行う事故調査・査定ステップS13と、
前記損害保険会社が前記農産物出荷業者あるいは農産物生産者に保証金を支払う保証金支払いステップS14と、
で構成され、
前記保険契約ステップS1と、前記保証契約ステップS2と、前記伝票発行ステップS7と、前記代金請求/代金支払いステップS10と、前記事故報告ステップS11と、前記保証金請求ステップS12と、前記保証金支払いステップS14と、がインターネット回線を利用してパソコンまたは携帯電話を介して管理サーバを経由して実行されることを特徴とする梱包箱使用による農産物の市場変動価格保証システム。
下線部が補正して直した箇所です。出願人は、「・・・パソコンまたは携帯電話を介して管理サーバを経由して実行される・・・」という表現を追加して、審査官を説得しようとしたようです。補正では、表面上、コンピュータによって処理されるように表現しましたが、各ステップは、依然として、「販売する」とか、「納品する」とか、「発行する」などのままで、コンピュータが実行する処理にはなっていません。結果、残念ながら、認められずに拒絶査定となって特許することができなかったようです。
このように、ビジネスモデル特許では、請求項の全体で、コンピュータによる処理であることが明確でないと、特許されるのは難しいことがなんとなくお分かりいただけたでしょうか。